私の実家の車庫は、私が子供の頃からずっと変わらない、手動式の古いスチールシャッターだ。そのシャッターには、中央に一つだけ、古めかしい鍵がついている。父は、毎朝その鍵を開けて車を出し、毎晩帰宅すると、またその鍵をかけて一日を終える。それが、何十年も続く父の日課だった。しかし、最近、その長年の相棒が、父に反抗するようになった。鍵が、スムーズに回らないのだ。「またこいつ、ご機嫌斜めだな」。そう言いながら、父は鍵をガチャガチャと揺さぶったり、シャッターを少し持ち上げたりしながら、なんとか鍵を回していた。私は、見ていて危なっかしいし、何より父のストレスになっているのが気になって、「もう古いんだから、専門の業者を呼んで交換してもらったら?」と何度も提案した。しかし、父は決まって「大丈夫だ。こいつとの付き合いは俺の方が長い。言うことを聞かせるコツは、俺が一番知ってる」と、頑固に首を縦に振らなかった。そんなある冬の寒い朝、事件は起きた。その日に限って、シャッターの鍵は、父のどんな揺さぶりにも、どんな機嫌取りにも、全く応じなかったのだ。出勤時間が迫り、父の額には焦りの汗が浮かんでいた。私は、改めて業者を呼ぶことを強く勧めたが、父は「いや、まだだ」と言い、おもむろに物置から、鍵穴専用と書かれた潤滑スプレーを持ってきた。「最終手段だ」。そう呟くと、父は鍵穴にスプレーをシュッと一吹きし、祈るように鍵を差し込んだ。すると、あれほど固かった鍵が、スッと、信じられないほど軽く回ったのだ。「見ろ、言った通りだろ」。得意げに笑う父の顔は、まるで大きな問題を解決した技術者のようだった。その日の夕方、父はホームセンターで新しいシャッター錠を買ってきた。「お前の言う通り、そろそろ潮時かもしれん。今度の休みに、自分で交換してみる」。そう言って、少し照れくさそうに笑った。父にとって、あの古いシャッターキーは、単なる鍵ではなかったのかもしれない。それは、長年連れ添った、少し気難しい、しかし愛すべき相棒のような存在だったのだろう。そして、その相棒との別れを、父は自らの手で決めたのだ。