祖父が亡くなり、遺品整理をしていた時のこと。物置の奥から、埃をかぶった古い手提げ金庫が見つかりました。ずっしりと重く、年代物の風格が漂っています。しかし、鍵はなく、正面のダイヤルの番号も、家族の誰も知りませんでした。父も私も、「中には何が入っているんだろう」と、好奇心と期待で胸が膨らみました。祖父の誕生日や、結婚記念日など、思いつく限りの数字を試してみましたが、金庫は沈黙を守ったまま。私たちは、この「開かずの箱」を、専門の業者に開けてもらうことに決めました。インターネットで、地元で評判の良い鍵屋を探し、電話で事情を説明しました。電話口の担当者は、金庫の見た目の特徴や大きさを丁寧にヒアリングしてくれ、非破壊でのダイヤル解錠が可能であること、そしてその場合の費用の見積もりを、明確に提示してくれました。その誠実な対応に安心し、私たちは正式に依頼することにしました。翌日、約束の時間にやってきたのは、いかにもベテランといった風貌の、物腰の柔らかい職人さんでした。彼はまず、金庫を丁寧に布で拭き、まるで診察するかのように、ダイヤルや扉の隙間をじっくりと観察しました。そして、おもむろに取り出したのは、ドラマで見るような聴診器でした。彼は聴診器をダイヤルに当て、右耳に集中し、全ての神経を指先に集めるかのように、ゆっくりとダイヤルを回し始めました。部屋には、ダイヤルが微かに「カチリ、カチリ」と音を立てるのと、彼の集中した息遣いだけが響きます。私たちは、その緊張感に満ちた光景を、ただ固唾をのんで見守るしかありませんでした。長い時間が流れたように感じられましたが、実際には20分ほどだったでしょうか。彼はふっと息を吐き、ダイヤルの動きを止めると、「はい、開きますよ」と、にこやかに言いました。そして、レバーハンドルを引くと、今まであれほど固く閉ざされていた扉が、ギイ、と重い音を立てて、数十年ぶりにその内部を現したのです。その瞬間、私たちは思わず「おおっ」と声を上げていました。プロの技術を目の当たりにした、感動の瞬間でした。結局、中から出てきたのは、祖父が若い頃に集めていた記念切手のコレクションでしたが、私たちにとっては、まるで宝物を見つけたような、忘れられない一日となりました。