「まだ大丈夫だろう」。玄関の鍵の動きが、日に日に渋くなっていることには気づいていた。しかし、日々の忙しさにかまけて、私はその小さなサインを見て見ぬふりを続けていた。それが、あんなにも高くつく油断だったと知ったのは、残業で疲れ果てて帰宅した、ある寒い夜のことだった。いつものように鍵を差し込み、回そうとした瞬間、それまで感じていた「渋さ」は、明確な「抵抗」に変わっていた。鍵が、全く回らないのだ。まるで、鍵穴が内側からコンクリートで固められてしまったかのようだった。何度か試すうちに、鍵がグニャリと曲がってしまいそうな嫌な感触が伝わってきた。これ以上は危険だ。私は、冷たい廊下で、完全に締め出されてしまった。時刻はすでに夜の10時を過ぎている。途方に暮れながら、スマートフォンで「鍵 修理 深夜」と検索した。無数の業者がヒットする中で、料金体系が比較的明瞭で、口コミの評判も悪くない一社を選び、震える声で電話をかけた。電話口のオペレーターは、私の焦りを察してか、落ち着いた口調で状況をヒアリングし、料金の概算と、「一時間以内には到着できます」という心強い言葉をくれた。待っている時間は、永遠のように長く感じられた。本当に来てくれるのだろうか、法外な料金を請求されたらどうしよう。そんな不安が頭をよぎる。しかし、約束通りに到着した作業員の方は、とても誠実そうな雰囲気で、まず丁寧に名刺を差し出し、改めて作業内容と料金について説明してくれた。その手順に、私は少しだけ安堵した。作業員の方は、まず鍵穴に特殊なスコープを差し込み、「ああ、だいぶホコリと金属粉が溜まってますね。これが原因でしょう」と、原因を的確に診断。そして、シリンダーを一度ドアから取り外し、専用の洗浄剤と工具を使って、内部を分解・清掃し始めた。その手際の良さは、まさにプロの仕事だった。全ての部品をきれいにし、組み直して、ドアに戻す。作業開始から三十分ほどで、「はい、直りましたよ。試してみてください」と、鍵を渡された。おそるおそる鍵を差し込んで回すと、信じられないくらい軽く、スムーズに鍵が回ったのだ。あの悪夢のような抵抗が、嘘のようだった。料金は深夜料金込みで2万円弱。痛い出費だったが、あのまま家に入れなかったことを思えば、安いものだった。そして何より、プロの技術と安心感には、それ以上の価値があると感じた。